SPONSORED

不可知論(ふかちろん)

最終更新:2026/4/12

人間の認識能力には限界があり、神や宇宙の根源といった形而上学的な事柄の真実を、客観的に把握したり証明したりすることは不可能であるとする哲学的な立場。

別名・同義語 認識論的懐疑主義知識論的不可知論

ポイント

認識可能性の限界を主張する哲学的な見解であり、無知の肯定とも解釈される。信仰や懐疑との関連も深い。

不可知論とは

不可知論(英: Agnosticism)は、人間の認識能力には限界があり、神や宇宙の根源、実在の本質といった形而上学的な事柄について、確実な知識を得ることは不可能であるという哲学的な立場である。ギリシア語の「a-gnosis」(無知)に由来し、知ることの不可能性を意味する。

歴史的背景

不可知論の思想は古代ギリシアに遡るが、近代においては、19世紀のイギリスの生物学者トーマス・ヘンリー・ハクスリーによって、その用語が初めて用いられた。ハクスリーは、科学的な方法論によって検証できない事柄については、知ることも知らざることも不可能であると主張した。これは、当時の宗教的なドグマや唯物論的な決定論に対する批判として現れた。

種類と分類

不可知論は、その主張の強さや対象によっていくつかの種類に分類される。

  • 強い不可知論(厳密な不可知論): 神や宇宙の根源について、いかなる知識も得られないと主張する。
  • 弱い不可知論(限定的な不可知論): 現在の認識能力では知ることができないが、将来的に知ることができる可能性を否定しない。
  • 宇宙論的不可知論: 宇宙の起源や構造といった宇宙論的な問題について、人間の認識能力を超えていると主張する。
  • 神学的不可知論: 神の存在や性質について、人間の認識能力では知ることができないと主張する。

信仰、懐疑との関係

不可知論は、信仰や懐疑と密接な関係を持つ。不可知論者は、神の存在を肯定も否定もしない。信仰は、証拠や論理的な根拠なしに何かを信じることであるのに対し、懐疑は、何かを疑い、確信を持たないことである。不可知論は、これらの両者とは異なる立場であり、知識の限界を認識した上で、判断を保留する。

現代における不可知論

現代においても、不可知論は哲学、宗教学科学哲学などの分野で議論されている。特に、科学技術の進歩によって、これまで未知であった領域が明らかになるにつれて、人間の認識能力の限界や、知識の定義について、新たな問いが提起されている。

SPONSORED