異端審問(いだんしんもん)
最終更新:2026/4/25
異端とみなされた人々を宗教裁判によって裁き、処罰した中世ヨーロッパの制度。
別名・同義語 宗教裁判異端迫害
ポイント
異端審問は、カトリック教会が教義の純粋性を守るために行ったもので、政治的な目的も含まれていた。
概要
異端審問は、中世ヨーロッパにおいて、カトリック教会が異端とみなした人々を裁き、処罰した制度である。12世紀から15世紀にかけて、特に南フランスを中心に展開され、多くの人々が異端の疑いで拷問を受け、処刑された。
歴史的背景
異端審問の起源は、12世紀初頭に南フランスで起こったカタリ派などの異端運動に遡る。カタリ派は、教会が定める教義を否定し、独自の信仰を持っていたため、教会は彼らを異端とみなし、弾圧を開始した。当初は司教による裁きが行われていたが、12世紀後半には教皇の特使が派遣され、より組織的な異端審問が行われるようになった。
審問の手続き
異端審問の手続きは、告発者の証言に基づいて行われた。告発者は、異端者と疑われる人物の名前を教会に届け出て、教会は証拠を収集し、審問を行った。審問では、拷問が用いられることもあった。拷問によって得られた自白は、証拠として採用され、異端者と認定された場合は、火刑などの処罰が科された。
異端審問の影響
異端審問は、中世ヨーロッパ社会に大きな影響を与えた。異端審問によって、多くの人々が処刑され、恐怖政治が敷かれた。また、異端審問は、科学や思想の発展を阻害する要因ともなった。異端審問は、近代における人権思想の確立に大きな影響を与えた出来事として、歴史的に重要な意味を持つ。