宗教改革(しゅうきょうかいかく)
最終更新:2026/4/11
16世紀にヨーロッパで起きた、カトリック教会の腐敗を批判し、プロテスタント諸派を生み出した宗教運動。
ポイント
ルターやカルヴァンなどの指導者によって展開され、政治・社会にも大きな影響を与えた。近代国家の成立にも繋がる重要な歴史的転換点。
宗教改革の背景
16世紀初頭のヨーロッパにおいて、カトリック教会は莫大な富と権力を持ち、その腐敗が深刻化していた。聖職売買、免罪符の販売、教会の財産浪費などが横行し、民衆の不満が高まっていた。また、ルネサンスの影響により、人文主義的な思想が広まり、教会権威に対する批判精神が醸成された。
マルティン・ルターと九十五ヶ条の提題
1517年、ドイツのヴィッテンベルク大学の神学教授マルティン・ルターは、免罪符の販売を批判する『九十五ヶ条の提題』を公表した。これは宗教改革の直接的なきっかけとなった。ルターは「信仰のみによって救済される」という主張を展開し、聖書を唯一の権威とする聖書主義を提唱した。カトリック教会はルターを異端者と断じ、破門したが、ルターの思想は急速に広まった。
プロテスタント諸派の成立
ルターの主張に賛同する人々は、カトリック教会から分離し、プロテスタントを形成した。その後、スイスのツヴィングリやカルヴァンなど、独自の教義を唱える指導者が現れ、様々なプロテスタント諸派が成立した。カルヴァンは予定説を唱え、厳格な倫理観に基づく生活を重視した。イングランドでは、ヘンリー8世がローマ教皇と対立し、イングランド国教会を設立した。
宗教改革の影響
宗教改革は、ヨーロッパの政治・社会に大きな影響を与えた。宗教対立は各地で紛争を引き起こし、三十年戦争などの大規模な戦争の原因となった。一方で、宗教改革は、国民国家の成立を促進し、教育の普及、科学の発展にも貢献した。また、個人の信仰の自由を求める動きを活発化させ、近代社会の形成に大きな影響を与えた。
カトリック側の対抗(反宗教改革)
プロテスタントの勢力拡大に対し、カトリック教会も反宗教改革を進めた。トリエント公会議(1545-1563)において、教義の再確認、聖職者の規律強化、免罪符の販売の禁止などが行われた。また、イエズス会などの新たな修道会が設立され、プロテスタントの勢力拡大を阻止しようとした。