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真珠湾攻撃(しんじゅわんこうげき)

最終更新:2026/4/12

1941年12月7日(現地時間)、日本軍がハワイの真珠湾にある米軍基地を奇襲し、太平洋戦争の開戦の端緒となった作戦。アメリカ太平洋艦隊に甚大な打撃を与え、日米開戦の決定打となった。

別名・同義語 ハワイ攻撃太平洋戦争開戦

ポイント

太平洋戦争の開戦を決定づけた出来事であり、アメリカの対日戦意を高揚させた。国際法上の奇襲攻撃として批判も多い。

真珠湾攻撃の背景

真珠湾攻撃は、1941年12月7日(ハワイ時間)に日本軍が行ったハワイ真珠湾への奇襲攻撃である。攻撃の背景には、日米間の交渉の決裂と、日本が資源獲得のために東南アジアへの進出を企てていたことが挙げられる。アメリカは日本の中国大陸への進出を阻止するため、石油などの経済制裁を日本に課しており、日本は資源不足に直面していた。日本政府は、アメリカとの交渉によって制裁を解除し、資源を確保することを試みたが、交渉は決裂。アメリカの強硬な姿勢に対し、日本は武力による解決を選択した。

攻撃の経過

攻撃は、日本時間1941年12月8日午前5時55分(ハワイ時間12月7日午前7時55分)に開始された。日本海軍の航空母艦から発進した第一波の攻撃機は、真珠湾に停泊していたアメリカ太平洋艦隊の戦艦や航空機を攻撃。続く第二波の攻撃では、戦艦アリゾナが爆発し沈没するなど、甚大な被害が発生した。攻撃はわずか2時間で終了したが、アメリカ側は戦艦5隻が沈没または大破、航空機188機が破壊、2,403名が死亡するという大損害を被った。

攻撃後の影響

真珠湾攻撃は、アメリカ国民の怒りを買い、対日戦意を高揚させた。翌日、アメリカは日本に宣戦布告し、太平洋戦争が勃発した。真珠湾攻撃は、その後の太平洋戦争の行方を大きく左右する出来事となった。また、国際法上の奇襲攻撃として、その正当性については現在も議論が続いている。攻撃の目的については、アメリカの戦力を一時的に無力化し、東南アジアへの進出を円滑に進めるためであったとする説が一般的である。

攻撃参加部隊

真珠湾攻撃に参加した主な部隊は、第一航空艦隊(司令長官:南雲忠一中将)である。第一航空艦隊には、航空母艦赤、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴の6隻が含まれていた。これらの航空母艦から発進した攻撃機が、真珠湾攻撃を主導した。

ルーズベルト大統領による「屈辱の日」演説は、米国民の団結を促し、アメリカの参戦を決定づけた。また、攻撃の際、米空母が不在であったことは、その後の海戦の展開に極めて重要な影響を及ぼした。

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