東方見聞録(とうほうけんぶんろく)
toːhoːkeɴbuɴɾoꜜku
最終更新:2026/4/11
13世紀、ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロがアジアの国々を見聞し、帰国後に口述した旅行記。中世ヨーロッパに東洋の富と文明を紹介した。
ポイント
中世ヨーロッパにおける東洋認識を大きく変えた旅行記。大航海時代への関心を触発し、コロンブスなどの探検家にも多大な影響を与えた。
東方見聞録(とうほうけんぶんろく)
『東方見聞録』は、中世イタリアの商人マルコ・ポーロ(Marco Polo, 1254-1323?)が、父や叔父とともに中央アジアから中国(当時は元朝)へ渡り、皇帝フビライ・ハーンに仕えた経験を口述し、獄中で同房の作家ルスティケロ・ダ・ピサが筆記してまとめさせた旅行記です。
主な特徴
- 成立: 1298年頃にフランス語で記され、当時のヨーロッパで広く読まれました。
- 内容: カスピ海沿岸、シルクロード、中国の繁栄、日本(「ジパング」)の黄金伝説など、未知の東方世界の様子が詳細に記されています。
- 歴史的影響: 当時のヨーロッパ人にとって衝撃的な内容であり、地理学的認識を拡大させました。のちにコロンブスがインドを目指す際の大きな動機の一つとなったことでも知られています。
- 評価: その記述の多くが驚異的な内容であったため、当時は「驚異の書」とも呼ばれましたが、後の歴史学研究により、その多くが当時のアジアの実情を伝えていることが確認されています。
本書は、マルコ・ポーロが1271年から1295年にかけて父や叔父と共にモンゴル帝国のフビライ・ハーンに仕えた経験を基にしている。当時の日本では『東方見聞録』という邦題で親しまれているが、原題は古フランス語で『世界の記述』を意味する『Divisament dou monde』である。執筆は、ジェノヴァの捕虜となっていたマルコから聞いた内容をルスティケロ・ダ・ピサが書き留める形式で行われた。そのため、伝聞や誇張、当時の幻想的な地理観が混在している点は否めないが、元朝の行政機構、紙幣制度、産物などに関する記述は、当時のモンゴル帝国の繁栄を伝える歴史資料として非常に高い価値を持つ。出版後は『驚異の書』とも呼ばれ、多くの写本が作成されて広く読まれた。この書物によってもたらされた「黄金の国ジパング」の伝承は、後の大航海時代におけるヨーロッパ諸国の海外進出の大きな原動力となった。