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憲法反射場(けんぽうはんしゃば)

最終更新:2026/4/23

憲法反射場は、憲法改正論議の高まりを受けて、1920年代に大日本帝国陸軍が組織した憲法研究機関である。

別名・同義語 陸軍憲法調査部

ポイント

憲法反射場は、軍部が憲法改正を通じて政治への影響力を強めようとした組織であり、後の軍部の台頭に影響を与えたとされる。

概要

憲法反射場は、1925年(大正14年)に陸軍省内に設置された憲法研究機関である。正式名称は「陸軍憲法調査部」であり、通称が憲法反射場である。設置の背景には、大正デモクラシーの高まりと、それに伴う憲法改正を求める声があった。しかし、陸軍は憲法改正を通じて、天皇主権を強化し、軍部の政治的影響力を高めることを目論んでいた。

設立の経緯

1920年代に入ると、政党政治の弊害や社会主義運動の台頭が問題視されるようになり、憲法改正の必要性が議論されるようになった。陸軍は、この機に乗じて憲法改正を主導し、軍部の優位性を確立しようとした。そのために、憲法研究を行う専門機関の設置が決定され、憲法反射場が設立された。

活動内容

憲法反射場は、憲法改正に関する調査研究を行い、陸軍の憲法観を形成する役割を担った。具体的には、各国の憲法を比較研究したり、憲法改正案を作成したりした。また、陸軍内部の憲法研究者を育成するための研修も行った。憲法反射場は、天皇主権の強化、軍部の政治的関与の拡大、国民の義務の強調などを主張し、これらの理に基づいた憲法改正案を作成した。

影響と解散

憲法反射場の活動は、陸軍内部の憲法観を形成し、後の軍部の台頭に影響を与えたとされる。しかし、憲法反射場の主張は、政党や学者などから批判を受け、憲法改正は実現しなかった。1937年(昭和12年)に陸軍省が憲法調査部を廃止したことで、憲法反射場は解散となった。しかし、その影響は、戦後の日本国憲法制定にまで及んだと言われている。

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